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2006年05月16日

5/15は 沖縄の誕生日


  沖縄人/本土人
  沖縄love人/沖縄特に興味ない人
  移住者/在住者
  戦争希望者/戦争反対者
  戦争経験者/戦後生まれ者


色んな世代がいる今の日本。
これをしらないの?っと思う気持ち。 何で?っという憤り(いきどおり)。 ふざけるなっ!っていう怒り。 色々な思いが交錯する。
しかし、解らない人の為に書かなければならない!とも思った。(みて知らぬ振りでなく本当に知らない人もいるのでは・・・)
日本の教育方針・政府の行動・メディアの行動を見たらこういう人たちが多くなってきても仕方の無い事なのかもしれない。。。悲しい事に沖縄にいてもこの日がなんの日かは知っていても特に何の興味も持たない若者が増えてきているのも感じるのである。
(正直こんなに この日(5.15に沖縄で何があったか) を知らない人が日本に多いとは思わなかったが・・・)


5/15 は 沖縄が 米軍占領下から日本国に復帰した日 である。

(今の沖縄の現状を見ると単に支配者が交代した日という感じだが・・・)

《概略》
戦争に敗れた日本政府は沖縄を米軍に捧げ。
以降、 「27年間」沖縄はアメリカの植民地(奴隷)的扱いを受けてきた。
そして、1972年5月15日にやっと沖縄の支配権がアメリカから日本に移されたのである。
そして、沖縄では5/15を日本国への復帰記念日として心に深く刻み込むと共に「忘れずの日」とする事を誓ったのである。
そして沖縄ではこの日を記念日とし、沖縄の願いをわかって貰う為に平和行進等を行い当初の願い「基地も核もない平和な沖縄」をずっと訴え続けているのである。


(この日は日本全国で知っているべき日だと思っていたが、現在の日本では、この日を喜ぶべき「特別な日」だと思っているのはどうやら沖縄人と一部の沖縄に興味のある本土の人だけらしい・・・。)

その当時はいかにも日本政府は沖縄をアメリカから取り戻してやったぞ!という風に言っていた。
・・・が、
その後の扱いは。。。皆さんが知っての通りです。悲しい事ですね。



当時の沖縄人はその時こう言って喜んだのです。
 
 やっと 「本土並み」 になれる。

 目指せ「本土並み」



しかし、
その後の沖縄の歩んできた道を見てみると、落胆挫折しか待ち構えていなかった。

日本の本土を米軍基地の恐怖から守る為基地を押し付けられ、
それを背負い(せおい)ながら必死に日々の貧しい生活を生き抜き・耐え忍んできた。

そして、
現在の沖縄の形(とてもいびつな経済体系だ)が出来上がった。

さらに、
現在は 米軍再編  「沖縄の為の沖縄が望んだ基地負担軽減を政府がやってやっている!」の見出しのもとに


 「基地の最新施設への作り変え」

 「自立する為の観光資源の破壊」

(このまま自然破壊が進めば基地収入に頼る以外まったく無くなる。麻薬漬けのモルモットの様な物・・・)

 「文句の少ない使いやすい場所への移動」

 「基地を移動時に増設」

 「米軍&自衛隊の共同訓練での使用」

 その他これからどんどん出てくるであろう聞いてない話



が行われようとしている沖縄。



その当時の人が夢見た 

      「本土並み」


 とは一体なんであったのだろうか。。。。?


  米軍の被害に会わない場所 okinawa

  米軍の植民地からの開放の場所 okinawa

  基地の恐怖から開放される場所 okinawa

  核も基地も無い平和な場所  okinawa





日本国復帰後に生まれた世代が多くなり、沖縄でも「復帰した日」遠い記憶になりつつある。
(基地を沖縄に押し付けた本土の人(遠い安全な場所の傍観者)にはもっと遠い関係のない興味のない出来事になってきているだろう・・・)


そんな中、

 沖縄の人がしなければならない事。

 本土の人がしなければならない事。



が、色々ありますよねっ!
    見えてますよねっ!
       気付いてますよねっ!



  みて見ぬ振りをせず考えて見ましょう!

  少しでいいから沖縄の基地が何故あるのかを学んでみましょう!!



筆者は今日一日、当時の沖縄の人の思いや願い、今までの沖縄の過程、今の沖縄の現状、これから沖縄が取るべき行動、笑顔溢れる未来について思いを馳せた。


     「絶対に忘れまじ・・・この日をっ!」


貴方もまずはこの日(5.15)「日本にとってなんの日」なのか?から覚えて下さい。
そして来年は沖縄で5.15にどういう事が起っているか 沖縄の生の声を聞きにきてその目で見て下さいね。





5/15日 

   ・・・・・・

それは 日本国民に忘れられている 沖縄国民の「誕生日」 である








今年も「平和行進」には本土から沢山の方が参加されてました。。。


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Posted by うみうさぎ at 03:51│Comments(3)日について
この記事へのコメント
こんにちは。
前の記事とあわせて読まさせていただきました。
いいたいこと、伝えたいことよくわかります。
俺も山ほどいいたいこと、伝えたいことあるんですがなかなかうまく表現できなくてもどかしい日々。
うみうさぎさんの文章で学んでいきたいです。
ではまた来ます。
Posted by ぱふ at 2006年05月16日 11:05
私の自宅は宜野湾の真志喜なので、自宅からコンベンション向けに歩く集団を少しはなれたところから見ていました。
沖縄に来て8年ですが、いまでもひめゆりの塔に行ったことを思い出します。その日に自宅でサトウキビの唄のDVDを見ましたので、尚更でした。当時何もしゃべれず唾を飲んだことを思い出します。
たまたま生まれた時期やタイミングであれだけ環境が変わるのか、価値判断基準が変わるのかと怖くなりました。教育の方向性に関してもその大義名分があそこまでずれるものか、日本軍が敵なのか見方なのか、色々考えるものがありました。
またお邪魔させてもらいます。
旅行の取扱をしているので、こういったものも取り入れることも視野に入れます。60年。。。当時を体験している人も少なくなります。こういう感覚。いつまでも持ち続けるべきですよね。ではでは
Posted by おおち at 2006年05月16日 12:55
ぱふ さん<
こんにちわ。^^
つたない文章ですがなんとなくでも言いたいことや伝えたい事がわかると言って頂き嬉しく思います。沖縄のおじーやおばーでも思っています。でも言わないです。でも心が通い合うとこういう暗の部分の思いも語りだしてくれます。思い出すのも嫌な位ツライ体験。深いです。。。
またぱふさんの感じた事お待ちしております。

おおちさん<
こんにちわ。^^
旅行も扱っていらっしゃるのですね?
是非基地の現状を観光客に見せて上げて下さいね。自然破壊もひめゆりも・・・。
年間何万人もの移住者が理想と現実の違いに気付いて去っていく沖縄。移住者も傷つきますが現地の人はもっと傷ついていますね。
またおおちさんの感じた事お待ちしております。
Posted by うみうさぎ at 2006年05月16日 14:09
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