長崎・広島・沖縄 平和の祈り

うみうさぎ

2010年08月10日 21:25

沖縄にきていつも思うこと。


「沖縄の人は沖縄の基地被害については良くわかるけど他県の事には関心のない人が多い。」

(これは沖縄県民が他県の人が沖縄に基地を押し付けていながら「沖縄は可哀想だねー」と心にもない事をうわべで言っているのを聞いて怒るが他県に対して実は沖縄県民が同じ事をしている事に余り気づいて居る人はいない。と言う事でもある。)


『日本の戦争』のという大きなくくりで考えると

 ・「長崎に原爆が落ちた」のも

 ・「広島に原爆がおちた」のも

 ・「沖縄戦で大勢の人が死んだ」のも

全部みな同じ。


同じく日本人として心に刻み込まないといけない

     『戦争の悲惨さ』


なのである。


 戦争の怖さ


それは、
沖縄県民が 「慰霊の日」 を 【わすれじ】 の日 に思う事のように、長崎や広島の方にとってはそれは大事な日であり、
日本人としては沖縄で起こった戦争の悲劇と同じように長崎の原爆の事も広島の原爆の事も忘れてはいけない日なのである。




私たちはそれを決して忘れないようにしないといけない。

そしてまた、

それを戦争を知らない人々に伝えることが出来るのは当事者(我々沖縄・長崎・広島県民)なのだという揺ぎ無い事実。



今回米国が広島には顔を出したが長崎には出さなかったと言う事がどんだけ長崎県民の怒りをかっている事であろうか・・・。それを理解できるのもまた沖縄県民だからなのである。


戦争の恐ろしさ。
命の尊さ。
思いやり。


こういうことを感じられる沖縄。。。。

色んな事を考えさせられる沖縄。。。。


 【沖縄にいれて本当によかった!!】


心からそう思う沖縄での日常(日々)である。

沖縄はいいです。やっぱり


戦争で受けたおじーおばーの傷が少しでも癒えますように。。。
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1945年(昭和20年)8月6日午前8時15分 広島市に原子爆弾(リトルボーイ)が落された。
(第33代アメリカ合衆国大統領、ハリー・S・トルーマンの命令)
死者は約14万人。

広島の3日後、
1945年(昭和20年)8月9日午前11時2分 長崎市に原子爆弾(ファットマン)が落された。
死者は約7万人。


(知っているかは知りませんが、一応その後の沖縄戦での死者は約20万人なんですよ。)


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